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東京地方裁判所 平成5年(ワ)12083号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

一1  訴外甲野花子と被告宮田康男が別紙株式目録一1の株式についてなした平成三年六月一八日付株式予約申込みにかかる株式譲渡契約を取り消す。

2  被告宮田康男は、原告に対し、同目録一2の株券を引き渡せ。

3  仮に、前項の強制執行が不能となったときは、被告宮田康男は、原告に対し、同目録一3の価額によって算出した金員を支払え。

二1  訴外甲野花子と被告田村一行が別紙株式目録二1の株式についてなした平成三年六月一九日付株式予約申込みにかかる株式譲渡契約を取り消す。

2  被告田村一行は、原告に対し、同目録二2の株券を引き渡せ。

3  仮に、前項の強制執行が不能となったときは、被告田村一行は、原告に対し、同目録二3の価額によって算出した金員を支払え。

三1  訴外甲野花子と被告平野昭次が別紙株式目録三1の株式についてなした平成三年六月一八日付株式予約申込みにかかる株式譲渡契約を取り消す。

2  被告平野昭次は、原告に対し、同目録三2の株券を引き渡せ。

3  仮に、前項の強制執行が不能となったときは、被告平野昭次は、原告に対し、同目録三3の価額によって算出した金員を支払え。

四1  訴外甲野花子と被告平山健一が別紙株式目録四1の株式についてなした平成三年六月一八日付株式予約申込みにかかる株式譲渡契約を取り消す。

2  被告平山健一は、原告に対し、同目録四2の株券を引き渡せ。

3  仮に、前項の強制執行が不能となったときは、被告平山健一は、原告に対し、同目録四3の価額によって算出した金員を支払え。

五1  訴外甲野花子と被告平山昌一が別紙株式目録五1の株式についてなした平成三年六月一九日付株式予約申込みにかかる株式譲渡契約を取り消す。

2  被告平山昌一は、原告に対し、同目録五2の株券を引き渡せ。

3  仮に、前項の強制執行が不能となったときは、被告平山昌一は、原告に対し、同目録五3の価額によって算出した金員を支払え。

六1  訴外甲野花子と被告林本信子が別紙株式目録六1の株式についてなした平成三年六月一九日付株式予約申込みにかかる株式譲渡契約を取り消す。

2  被告林本信子は、原告に対し、同目録六2の株券を引き渡せ。

3  仮に、前項の強制執行が不能となったときは、被告林本信子は、原告に対し、同目録六3の価額によって算出した金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告に対し保証債務を負っている訴外甲野花子が、原告を害することを知りながら、その所有する乙山金属工業株式会社(以下「乙山金属工業」という)の株式を不当に廉価で被告らに売却したとして、原告が、詐害行為取消権に基づき、被告らに対し、株式の譲渡を取り消すとともに、株券の引渡もしくはこれに相応する金銭の支払いを求めた事案である。

一  前提となる事実

1 原告は、訴外株式会社丙川(以下「丙川」という)と丙川の代表取締役であった訴外甲野太郎との間で、平成二年一一月三〇日、基本取引契約を締結し、訴外甲野花子は、右取引から生じる債務について二億円の極度額の範囲内において連帯保証した。

原告は、平成三年六月当時、甲野花子に対し、右連帯保証に基づき、二億円の債権を有していた。

2 甲野花子は、乙山金属工業の株式合計一六〇〇株(以下、「本件株式」という)を有していたが、平成三年六月、被告六名に対し、別紙株式目録各項1記載のとおり譲渡した(当事者間に争いがない)。

3 本件株式の譲渡は、一株五〇〇円、合計八〇万円の額面価額をもってなされた(当事者間に争いがない)。

4 右株式譲渡当時、甲野花子には他に見るべき資産はほとんどなく、平成三年一二月一一日、自己破産を申し立て、平成四年二月一七日、破産宣告と同時に破産廃止の決定を受けた。

二  争点

1 甲野花子が破産法上の免責決定を得たことと本件詐害行為取消権の可否(原告の甲野花子に対する債権の存否)

(1) 被告らの主張

甲野花子は、平成三年一二月一一日、神戸地方裁判所尼崎支部に対して自己破産を申し立て、平成四年二月一七日同裁判所から破産宣告及び破産廃止決定(同時廃止)を受け、その後、花子は免責を申し立て、平成五年一二月七日、免責決定を受け、右決定は確定した。

したがって、現在、原告は、詐害行為取消権の被保全債権となる甲野花子に対する保証債務履行請求権を有していない。

(2) 原告の主張

原告の甲野花子に対する債権は、甲野花子に対する免責決定により消滅するものではなく、強制執行手続による取立てができなくなるだけである。しかも、本件訴訟は、甲野花子からの転得者を相手にするものであって、甲野花子を相手としておらず、甲野花子に対しては判決の効力も及ばない。したがって、原告の甲野花子の債権を被保全権利とする詐害行為取消権は消滅していないと解するべきである。

本件で詐害行為取消権を行使できないとすることは、不当に受益者や債務者を利することになり、その結果は不公平である。

2 本件株式の譲渡の詐害性(適正な株価について)

(1) 原告の主張

甲野花子は、被告らに対し、乙山金属工業の株式を一株五〇〇円で売却したが、右株式の当時の時価は一株四万円であった。

仮に、一株四万円でないにしても、当時、二〇パーセントの配当金が見込まれていたのであるから、資本還元率を民事法定利率年五分とすると、一株あたり二〇〇〇円となる。

(2) 被告らの主張

乙山金属工業は従業員三〇数名の同族中小企業で、その株は譲渡性を有するものではなく、過去における数回の乙山金属工業株の譲渡も額面で行われており、これまでの買手は従業員や経営者の親族に限られている。

また、甲野花子の有していた株式は、全体の八八パーセントに過ぎず、閉鎖的な株式会社の株式であることを考え併せれば、その株価は過去の取引慣例に従った算出によるべきである。

3 甲野花子の詐害の意思の有無

(1) 原告の主張

甲野花子は、本件株式の譲渡が花子の債権者を害することを知っていた。

(2) 甲野花子は、本件株式を譲渡した当時、自分がレガロの連帯保証人になっていることの認識すらなく、花子の債権者を害する認識は全くなかった。

4 被告らの悪意

(1) 原告の主張

被告らは、本件株式の譲渡が甲野花子の債権者を害することを知っていた。

(2) 被告らの主張

乙山金属工業では、従業員持株制度があり、従業員に対して自社株式の購入を斡旋していたが、いずれも額面で譲渡されていた。被告らは、すべて乙山金属工業の従業員であり、本件株式を右従業員持株制度により購入したものであり、その前株主が甲野花子であることも甲野花子が他に資産を有していない状態になっていることも全く知らなかった。

したがって、被告らに、甲野花子の債権者を詐害する認識はなかった。

第三  争点に対する判断

一  原告の甲野花子に対する債権

《証拠略》及び当事者間に争いがない事実、弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

1 原告の甲野花子に対する債権

甲野花子は、乙山金属工業の代表取締役会長丁原松夫の長女であり、丙川の代表取締役甲野太郎の妻であった。

丙川は、洋品雑貨、服飾雑貨の輸入製造及び販売をする会社であったが、平成二年秋ころから経営が行き詰まり、資金繰りに窮するようになった。丙川は、当時既に乙山金属工業から極度額一億五〇〇〇万円の物上保証を受けていたことから、乙山金属工業には追加支援を依頼することは困難と考え、知人の紹介で、原告から融資を受けた。

原告は、丙川及びその代表取締役であった訴外甲野太郎との間で、平成二年一一月三〇日、基本取引契約を締結し、訴外甲野花子は、右取引から生じる債務について二億円の極度額の範囲内において連帯保証した。

原告は、平成三年六月当時、甲野花子に対し、右連帯保証に基づき、二億円の債権を有していた。

2 甲野花子の破産

甲野花子は、平成三年一二月一一日、神戸地方裁判所尼崎支部に対して自己破産を申し立て、平成四年二月一七日同裁判所から破産宣告及び破産廃止決定(同時廃止)を受け、その後、花子は免責を申し立て、平成五年一二月七日、免責決定を受け、右決定は確定した。

3 甲野花子が破産宣告を受けその後免責の決定を得たことと本件詐害行為取消権行使の可否

免責決定を受けた甲野花子の原告に対する保証債務が消滅したわけではなく、自然債務になったと解するにしても、詐害行為取消権は、債務者に対する強制執行の対象となる責任財産を保全するために行うものであって、甲野花子に対する強制執行が許されなくなった現在、これを保全する必要はなくなったというべきであり、本件において詐害行為取消権を行使できないと解するのが相当である。

本件の詐害行為取消訴訟の被告らが甲野花子ではなく、取消の効果が相対的であっても、詐害行為取消権の趣旨が前述のとおりである以上、債務者である甲野花子に対する免責決定により、詐害行為取消権は行使できないと解するべきである。

なお、原告は、甲野花子に対する免責決定によって、詐害行為取消権を行使できなくなるのは公平に反すると主張する。しかし、原告としては、甲野花子に対する破産手続のなかで、本訴請求と同様の効果を得るため、破産管財人をして否認権を行使させるべき手段もあったことや、原告が、甲野花子に対する免責決定に対し抗告し、本件株式の譲渡が免責不許可事由(破産法三六六条の九第一号、同第三号)にあたると主張していることなども併せ考えると、免責決定により詐害行為取消権が行使できなくなることが公平に反するとは考えられない。

二  被告らの詐害の認識について

《証拠略》及び当事者間に争いがない事実、弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

1 乙山金属工業における従業員持株制度の実施

乙山金属工業では、従前から従業員持株制度を導入し、一定の要件を満たす従業員に対し、従業員が退職する際は額面で株式を買い戻すという約定のもと、自社株式を額面で譲渡する斡旋をしていた。

現在その結果、乙山金属工業の株式については、創業者である丁原家の一族が全株式の八〇数パーセントを、従業員が残りの一〇数パーセントを所有している。

2 本件譲渡について

甲野花子は、甲野太郎から送られてきていた生活費が滞るようになったため、平成三年六月ころ、所有していた本件株式を譲渡することを考えて、乙山金属工業の会長であった父の丁原松夫に相談した。丁原松夫は、乙山金属工業の社長であり、甲野花子の弟である丁原竹夫と相談のうえ、勤続年数一〇年以上の従業員に対して、右株式の購入を斡旋することとし、平成三年六月、株式の取得希望者を公募し、これに応募した被告らに対して本件株式を割り当てた。乙山金属工業では、これまで、従業員に対して自社株式の購入を斡旋した際、誰の株式を斡旋するかについての説明はしておらず、本件株式についてもその説明はなかった。また、従業員としても、前株主が誰であるかについての関心はなく、株券は乙山金属工業に預けたままであったため、前株主の氏名を見ることもなかった。

そうすると、被告らが、本件株式を甲野花子から取得したことを認識していたと認めることはできず、右取得によって甲野花子に対する債権者である原告を害する認識があったと認めることもできない。

三  結論

以上によると、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田陽三)

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